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世界史の目

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ギャラリー

第145話


レスボス島の女流詩人

 面積は約1,630平方キロメートル、エーゲ海北東部、ダーダネルス海峡南部に浮かぶギリシア領の島、レスボス島。現在は北エーゲ地方のレスヴォス県に属し、地中海性気候の下、オリーブの産地として知られている島である。B.C.11世紀にアイオリス人によって植民され、海外との交易で繁栄した。レスボス島の中心都市ミティリニ(ミュティレネ。現レスヴォス県の県都)は、ポリス繁栄期、アテネ(アテナイ)が設立したデロス同盟の有力な一員だった。ペロポネソス戦争(B.C.431-B.C.404)の時代に、デロス同盟から離脱しようとしたミティリニが、離脱失敗によって盟主アテネより市民全員の極刑が決まったにもかかわらず、刑執行する直前、変心したアテネから執行の中止が言い渡されて、間一髪で間に合ったという逸話が残る。

 そのレスボス島において、今から約2600年前、ある女性叙情詩人が活躍した。古代ギリシアの代表的詩人、サッフォー(サッポー。B.C.7世紀後半-B.C.570?)である。ギリシアの哲学者プラトン(B.C.427/429?-B.C.347?)において、十番目のミューズ(ギリシア神話に出てくる9体の女神たち。ムーサ)と言わしめるほど、彼女は絶賛されたと言われている。 
 生年ははっきりせず、B.C.610年代(B.C.612?)ともB.C.620年代ともB.C.630年代とも言われており詳細は明確ではない。地理学者ストラボン(B.C.63?-B.C.23?)の主張では、サッフォーは、ギリシア七賢人(B.C.620~B.C.550年の間、ギリシアにでた7人の哲学者たち)の1人であるミティリニの支配者ピッタコス(B.C.640?-B.C.568)や、同じくミティリニ出身の古抒情詩人アルカイオス(B.C.620?-B.C.6C?)らと同時代に生きた人物であるとされている。イギリス近代の写実主義画家ローレンス=アルマ=タデマ(1836-1912)の描画などにサッフォーとアルカイオスが揃って登場する作品はよく知られている。

 サッフォーはレスボス島の豪商(?)の家に生まれた。少女時代、父が政争に巻き込まれたため、シチリア島への亡命を余儀なくされ、同島の都市シラクサで過ごした。帰郷を許されてミティリニに戻ると、ある種の宗教的要素の濃い学園を創設、現地の若い婦女子を入学させて、詩作、作曲、舞踊を教育したとされている。また私生活では結婚経験もあり、一女クレイス(生没年不明)をなした。
 サッフォーは多くの歌集・詩集を残したと言われているが、その作品の多くは断片的に現存するのみにとどまり、完全体で残されているのは、7連からなる『アフロディテへの讃歌』と、他1編である。

 サッフォーの詩体は4行からなる連で構成され、3行までは11音節、最終行は5音節で成り立っている。この詩体を"サッフォー・スタイル"と呼び、アルカイオスも同様の詩体が存在する。またこのスタイルはアウグストゥス時代(B.C.27-A.D.14)のローマ詩作家だったホラティウス(B.C.65-B.C.8)において、アウグストゥス(B.C.63-A.D.14。オクタヴィアヌス)への讃歌である『頌歌』での数作品の中に取り入れられた。
 アルカイオスは自身が政争に介入していた人物であったため、詩の内容にその影響が見られたが、サッフォーの詩はシチリア亡命時代を除き、作品のほとんどが若い女性への激しく官能的情熱をうたいあげた恋愛詩であった。ホラティウスと同様アウグストゥス時代に生きた、恋愛詩を主とするローマ詩人オヴィディウス(B.C.47?-A.D.17?)にもサッフォーの影響が見られた。

 しかし、こうした自由で情熱的な恋愛詩は、後世では国家にとってしばしば非難の的とされ、オヴィディウスも当時処罰されている。また中世キリスト教世界においても、背教的・異教的作品として、こうした傾向の作品は弾圧された。サッフォーの作品の多くが現存しないのこうした背景にあるのではないかと言われている。

 サッフォーの没年は生年と同様不明である。サッフォーはとある美青年ファオーンに激しく恋をしたが、彼はシチリアに行くことになり、その後も手紙を送るも返信はなく、恋を成就することができなかった傷心から、ギリシア西岸に浮かぶイオニア諸島の1つ、レフカダ島(レウカス島)の高さ30メートルもある崖から身投げしたと言われているが、伝説上の逸話であり、オヴディウスの『名婦の書簡』でも取り上げられたものの、根拠があるわけではない。 

 多くの謎を残し、伝説化されたレスボス島の女流詩人が残した恋愛詩は、現代においても色褪せることなく、人々に愛されている。 


 古代ギリシア文化史の代表的女流詩人・サッフォーのお話で、「高校歴史のお勉強」改め「世界史の目」は再スタートいたしました。皆様、本当にお久しぶりです。そして、本当に長く待たせて申し訳ございませんでした。装い新たに出発いたし、この「世界史の目」をもっと充実させていただく所存です。ご愛顧をよろしくお願い申し上げます。ちなみに、「世界史の目」というタイトルの由来は、"激動する物事の中心にいて、影響を与えている勢力や人物"を意味する"台風の目"になぞらえて命名しました(「goo辞書"台風の目"」より)。今後の更新はゆったりとなりますが、気分によって早い更新もあると思います。すたれることなくやっていきますので、どうか見守って下さいますよう、よろしくお願いいたします。

 今回の主人公サッフォーは、非常に伝説的要素の濃い人物です(ただし実在した人物です)。伝説的なだけに、後世においても様々な分野で影響をうけており、たとえば天文学界では、イギリスの天文学者ノーマン・ポグソン(1829-1891)が1864年5月に発見した小惑星を"サッフォー"と命名されるなど、遥か昔の女性でありながら後世においても鮮度が落ちることなく語り継がれております。

 サッフォーの代表的伝説といえば、やはり女性同性愛にまつわる話でしょう。少女らに対する美しい恋愛詩は、同性愛を暗示するとして、"レスボスの女"、つまり"レズビアン"の言葉を生んだとされていますが、根拠は非常に薄いとされております。この曲解を不快に思っているレスボス島の出身者もいるらしく(もともと"レズビアン"は"レスボス島の出身者"の意味がある)、レスボス島ではなく中心都市ミティリニを使って"ミティリニ島"という呼称を用いているそうです。

 さて、受験世界史でみる学習ポイントを見て参りましょう。サッフォー単独で入試に出題されることはまずありません。文化史分野として出題されます。古代ギリシア文化史と古代ローマ文化史がまぜこぜに出題されるケースもありますので、注意してかかりましょう。
 特に文学部門においてはよく出題されますので整理が必要。ギリシアではホメロス(B.C.8C頃。『イリアス』『オデュッセイア』)とヘシオドス(B.C.700年頃。『神統記』『労働と日々(仕事と日)』)の2大叙事詩人を筆頭に、抒情詩では、本編の主人公サッフォー、酒と恋愛を賛美したアナクレオン(B.C.570?-B.C.485?)、オリンピアをうたったピンダロス(B.C.518-B.C.438)が有名、悲劇は3大悲劇と呼ばれ、アイスキュロス(B.C.525-B.C.456。『アガメムノン』)・ソフォクレス(B.C.496?-B.C.406。『オイディプス』)・エウリピデス(B.C.485?-B.C.406?。『メディア』)の3人、喜劇はアリストファネス(B.C.450?-B.C.385?。『女の平和』『女の議会』)が必修です。
 一方の古代ローマ文化では、本編にもあったようにアウグストゥス時代(←これポイントです)に大いなるラテン文学が栄えます。ローマ建国の大叙事詩をうたった『アエネイス』の作者ヴェルギリウス(B.C.70-B.C.19)を筆頭に、本編に登場したホラティウスやオヴィディウスが有名です。また政治家としても名高く、散文家・雄弁家としても知られ、『国家論』を著したキケロ(B.C.106-B.C.43)もいますね。受験生は覚えておきましょう。