8月26日は何に陽(ひ)が当たったか?
2003年8月26日は、アメリカのロック・グループ、Styx(スティクス)のコンピレーション・アルバム、”Rockers”がリリースされた日です。
1995年から2003年までの約8年間、Styxは激動の歳月が流れました。1995年8月22日にA&Mレーベルからコンピレーション盤”Greatest Hits(邦題:スティクス・グレイテスト・ヒッツ)”をリリースする際に、Styxにおける最初のメガ・ヒット曲”Lady(憧れのレディ。1975年Billboard HOT100シングルチャート6位)”の収録を試みたところ、”Lady”がA&M移籍前のWooden Nickelレーベル(RCA傘下)所有のため収録できないことを受けて、”Lady ’95“として全員でもう一度レコーディングしようとメンバーが再結集、Tommy Shaw(トミー・ショウ。gtr,vo)、James [JY] Young(ジェームズ・ヤング。gtr,vo)、John Panozzo(ジョン・パノッツォ。drums)、Chuck Panozzo(チャック・パノッツォ。Bass)、そしてDennis DeYoung(デニス・デヤング。vo,key)の、いわばたくさんのヒット・アルバムを世に送り出した人気絶頂期のメンバーで再始動するはずでした。しかしJohn Panozzoが肝臓病の治療に専念するため参加を断念することになり、当時はゲスト参加扱いでしたがTodd Sucherman(トッド・ズッカーマン。drums)が代役を務めることになりました。Styx再結成はファンを大いに喜ばせ、”Greatest Hits”はBillboard200アルバムチャートでは138位止まりであったものの、アメリカではダブル・プラチナ・ディスクに認定されました。
ところが、この直後の1996年、オリジナルドラマーのJohn Panozzoが、肝硬変と消化管出血のため、47歳で亡くなるというショッキングなニュースが伝わり、オリジナル・メンバーのJohn [JC] Curulewski(ジョン・クルルウスキー。gtr,vo)が1988年2月に亡くなって以来の悲しい出来事となりました。
StyxはToddを正式メンバーとして迎え入れ、1997年5月、新曲3曲を加えたライブ盤”Return to Paradise(邦題:リターン・トゥ・パラダイス)”をリリース、Johnの追悼ライブとなりました。このアルバムに収められた新曲の中には、Tommyが急逝したJohnに捧げた”Dear John”という美しくそして感動を呼ぶ名曲があり、またライブでもヒット曲”Show Me The Way(ショウ・ミー・ザ・ウェイ。全米3位)”の所で、オーディエンスと共にJohnを追悼しました。同じ年の6月には2曲の未発表曲を含む”Greatest Hits Part 2(邦題:スティクス・グレイテスト・ヒッツ2)”もリリースされました。
再結集して4年目、1999年6月29日には、Dennis、Tommy、JY、Chuck、Toddのメンバーで13枚目のオリジナル・アルバム、”Brave New World(邦題:ブレイヴ・ニュー・ワールド)”がリリースされます。イントロに”I’m Gonna Make You Feel It”他Styxの往年のナンバーが飛び出す”Everything Is Cool”等、興味深いナンバーの目白押しでしたがアルバムチャート175位と惨敗、シングルカットされた”Everything Is Cool”もチャート・アクションを見せず、待望であったはずのスタジオ・リユニオン・アルバムは、4年という月日がファンにとっても長すぎたのか、あまり振るいませんでした。
2000年2月には再来日公演も実現したのですが、この時のラインアップは、JY、Tommy、Toddのメンバーに加え、Glen Burtnik(グレン・バートニック。vo,gtr,bass)、Lawrence Gowan(ローレンス・ゴウワン。key,vo)の5人でした。GlenはTommyの離脱時代にリリースされた、”Edge of the Century(邦題:エッジ・オブ・ザ・センチュリー。1990年)”にて、Tommyに変わる新しいギタリスト兼ヴォーカリストとしてStyxに迎え入れられたアーチストでした。Glenは”Edge of the Century”の活動後はStyxから離れていましたが、1999年のツアーよりChuckはワン・ポイント担当となったため、Glenはベーシスト兼ヴォーカリストとして復帰し、Chuckとベースの担当を分け合う形になりました。このため、2000年のツアーは”Edge of the Century”の選曲もみられました。Dennis DeYoungは体調不良が原因で一時的にツアーを断念したらしく、70年代以降、RhinegoldやGowanなどでキャリアを積んだLawrence GowanがDennisの穴を埋める形でツアーに参加しました。
このラインアップで2000年から2002年にかけて、”Arch Allies(2000)”、”Styxworld(2001)”、”At the River’s Edge(2002)”といった3枚のライブ盤と、”Return to Paradise”以降のナンバーを収録したベスト盤”Yesterday & Today(2001)”を次々とリリースしますが、この間にStyxをデビューから支え続けてきたDennis DeYoungがメンバーとの不協和音を理由にStyxを脱退、結果Lawrence Gowanが正式にメンバーとして加わりました。
Dennis DeYoungはメンバーとの亀裂が思いのほか深く、楽曲使用やバンド名使用を巡って法廷闘争にまで発展する事態となり、”Lady”や”Lorele(1976)i”など、Dennis DeYoungがリード・ヴォーカルをとった作品は、ライブではLawrenceやJYがヴォーカルをとり、Styxのライブ盤やコンピレーション・アルバムなどのベスト盤では原則として、全盛期の”Babe(1979)”や”The Best of Times(1981)”、”Don’t Let It End(1983)”といったDennis DeYoungの存在感の強いヒット曲は収録が見送られました(ヒット・シングル集などの企画盤は除く)。
2003年2月には、14枚目のスタジオ・アルバム”Cyclorama(邦題:サイクロラマ)”がリリースされ、Styx在籍のLawrence Gowanとしては初のスタジオ・アルバム参加となりました。Glen Burtnikにいたっては”Edge of the Century”以来、およそ13年ぶりのスタジオ復帰となったのです。シンガー・ソング・ライターのJude Cole(ジュード・コール)やThe Beach Boys(ビーチ・ボーイズ)のBrian Wilson(ブライアン・ウィルソン)のゲスト参加であったり、”南無妙法蓮華経”や”ゲンキデスカ”などの日本語が飛び出したりしたのも、このアルバムの大きなスポットライトでしたが、なによりもLawrenceがヴォーカルをとるドラマティックな”Fields of the Brave”や、Glenがヴォーカルをとる元気なナンバー”Kiss Your Ass Goodbye”など、70年代から活躍したStyxが、過去の功績をいったんは封じ込んで、新しいメンバーで新しいStyxを21世紀に残す意気込みが窺え、”Brave New World”とは異なるしっかりとした統一感が伝わります。Tommyがヴォーカルをとる”Waiting for Our Time”は、当時あった全米Radio&Records誌の2003年3月21日付Rockチャートで23位、またTommyとGlenがヴォーカルをとるアコースティックなバラード、”Yes I Can”が同誌のAdult Contemporaryチャートで6月20日付から2種連続26位を記録しました。アルバム”Cyclorama”もBillboard200アルバムチャート127位に終わったものの、”Brave New World”以上のチャート・アクションを見せつけました。しかし残念ながらこの年の9月、Glenは家族との時間を選びStyxを離脱することになり、代わってThe BabysやBad Englishのベーシストとして活躍したRicky Phillips(リッキー・フィリップス。Bass)が加入することになりました。
再結集を試みた1995年からのStyxは、およそ8年の間にメンバーがめまぐるしく入れ替わり、スタジオ・アルバム以上にライブ盤やコンピレーション・アルバムなどのベスト盤がリリースされ続けていきましたが、全盛期には決してありえなかった怒濤の時代でありました。この間のチャートでは上位へのアクションはありませんでしたが、ファンを愛し、ファンのためにステージにたった彼らが次に見せたのは、ポップに走りすぎた全盛期の時代だけでなく、デビュー以来、正統なロック・スピリットを忠実に継承してきた、ロック・バンドStyxとしての存在だったのです。その証となるベスト・アルバムが、陽の当たった2003年8月26日にリリースされた”Rockers“であったのです。
ロック・バンドとしてのStyxの存在感を見せつけたこの”Rockers“の特徴としては、まず第一にデビュー当時の70年代前半、Wooden Nickelレーベル時代のロゴ・マークを使用していることが挙げられます。この時代はプログレッシブでヘビーな、かつ大器の片鱗をうかがわせるハード・ロック・チューン満載の時代でした。原点もしっかり見つめていることが伝わってきます。
そして選曲ですが、5作目”Equinox(邦題:分岐点。1975)”から”Edge of the Century(1990)”までの全盛期を現出したA&M在籍時代の作品で構成されています。とはいえヒットしたもののポップに走りすぎた楽曲は一切収録されず、JY、Tommy、Glenがヴォーカルをとるハード・ロック・ナンバーが中心で、別の見方をすれば不和状態だったDennis DeYoungがリード・ヴォーカルをとる楽曲は一切収録されておりません。Tommyが初参加した6作目”Crystal Ball(邦題:クリスタル・ボール。1976)”の1曲目に収録されている”Put Me On”は非常にパンチの効いたロックで、個人的にも非常に気に入っている曲なのですが、本作に収録するには格好のハード・ロック・ナンバーであるものの、途中バラードの展開があり、Dennis DeYoungのリード・ヴォーカルが入るため、本作に収録されるには、Dennisのパートを削ったエディットヴァージョンを創る必要があったでしょう。メンバーの意図は分かりませんが、結果的にはこの曲は収録されませんでした。
その代わり、”Equinox”収録の”Midnight Ride“、”Crystal Ball”収録の”Shooz“、”Kilroy Was Here(邦題:ミスター・ロボット。1983)”収録の”Heavy Metal Poisoning“など、ヒット曲に隠れて過去のベスト盤にはなかなか入らなかったロック・ナンバーが収録されました。ヒット曲でもTommyの歌う”Pieces of Eight(邦題:古代への追想。1978)”収録の”Blue Collar Man(Long Nights)”および”Renegade“や、Glenの歌う”Edge of the Century”収録の”Love Is the Ritual“などのロックを前面に押し出した楽曲が選ばれています。
そしてDennis DeYoung色の濃い全米ナンバー・ワンアルバム”Paradise Theatre(邦題:パラダイス・シアター。1981)”においてもJY作の”Snowblind“が選ばれ、1979年の”Cornerstone(邦題:コーナーストーン)”に至ってはヒット・アルバムながら一曲も収録されず、”Boat on the River”はTommy作ではあるものの、やはり本作のカテゴリに値しなかったと言わざるを得ません。
そのほか”Crystal Ball”からTommy作でタイトル曲の”Crystal Ball“、”Grand Illusion(邦題:大いなる幻影。1977)”からJY作の”Miss America“とTommy作の”Man in the Wilderness“、前述の1996年発表の”Greatest Hits Part 2″からTommyの歌う”Little Suzie“が収録されており、全編Styxの強力でリアルなロックが聴けるアルバムとなっています。
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