9月20日は何に陽(ひ)が当たったか?
1975年9月20日は、アメリカのプログレッシブ・ロック・グループ、Kansas(カンサス)の3作目”Masque(邦題:仮面劇)”がリリースされた日です。日本では、このアルバムがデビュー・アルバムでした。
Kansasは1974年に”Kansas(邦題:カンサス・ファースト・アルバム)”でデビューしました。このデビュー作ではアーシーなサザン・ロックを基盤に、ダブル・ヴォーカル、ダブル・キーボード、ダブル・ギター、そしてヴァイオリンという構成、そしてグループのギタリスト兼キーボーディスト、Kerry Livgren(ケリー・リヴグレン。gtr,key)の書くリリカルな詩と独特性のあるスケールの大きいサウンドでシーンに登場しました。
続く1975年2月リリースの2作目、”Song for America(邦題:ソング・フォー・アメリカ)”では、タイトルに”アメリカ”を冠しながらも、デビュー作にあった”土臭さ”を若干抑えてイギリス風のクラシカルなプログレッシブ・ロックにより接近し、タイトル曲を含む壮大で神秘的な大作を3作品収録、1975年5月17日付Billboard200アルバム・チャートで最高位57位と大健闘を見せました。
しかしKansasの所属する当時のKirshnerレーベルでは、この2作のアルバム内容については高い評価を受けながらも、シングル・ヒットがそれ以上に期待されており、レーベルはKansasに対して、ヒットしてシングル・チャートに登場するような歌を書くことを要求されました。前作”Song for America”は前に述べたとおり、10分前後の大作が3曲収録されたため、収録曲は両面3曲ずつの計6曲にとどまり、シングルとなったタイトル曲は、アルバムでの収録時間は10分3秒であり、7分も削った3分少々の編集ヴァージョンとしてシングル・カットされましたが、チャートインは果たせずヒットしませんでした。アルバムでの壮大さを3分で表現することは艱難辛苦であったことでしょう。カンサスのプログレッシブな音を維持しつつ、ポップでヒット性の高い楽曲を作ることはグループにとっては大きなプレッシャーでした。こうした中”Masque”のレコーディングが1975年夏からルイジアナ州ボガルーサのスタジオで行われ、”Song for America”のプロデュースをWally Goldと共同担当したJeff Glixman(ジェフ・グリックスマン)が本作にて単独で担当することになりました。
イタリアの画家Giuseppe Arcimboldo(ジュゼッペ・アルチンボルド。1526-93)の作品”Water(邦題『水』)”がジャケットに使われた”Masque”は完成し、8曲が収録されました。B面最後に収録された”The Pinnacle(邦題:尖塔)”の9分44秒が最長の曲で、他に”Icarus – Borne on Wings of Steel(邦題:銀翼のイカルス)”や”All the World(邦題:オール・ザ・ワールド)”のように6~7分に及ぶ大作も収録されました。
このアルバムからシングル・カットされた作品はアルバムのオープニングを飾るA面(当時のアナログ盤)1曲目に収録されました。タイトルは”It Takes a Woman’s Love(To Make a Man)(邦題:ウーマンズ・ラブ)”で、グループのリード・ヴォーカリスト兼キーボーディストで、Kerryと並ぶグループの重要なソングライター、Steve Walsh(スティーヴ・ウォルシュ。vo,key)の作品です。3分程度の非常にポップでキャッチーなラブ・ソングで、イントロを聴くだけで心が弾むような軽快なメロディが印象的なナンバーです。途中からサックスも導入されてよりポップさが強まり、前作とは対照的な、明るさと軽快さでこのアルバムはスタートします。
しかしシングル・カットされたこの”It Takes a Woman’s Love(To Make a Man)”は残念ながらチャートには現れませんでした。やはり前作を知っている聴者は、ポップなKansasよりもプログレッシブなKansasをより好んだのです。KerryとSteveの共作でブギー色の濃いA面2曲目の”Two Cents Worth(邦題:トゥー・センツ・ワース)”も3分程度の小品ですが、”It Takes a Woman’s Love”よりもグッとシブくなって、この曲からKansasのリアルな世界にようやく入り込めた感があり、やはりシングル向けとして書くように言い渡された”It Takes a Woman’s Love”は非常に優れた楽曲であるのは間違いないのですが、アルバムの中では最も聞きやすいナンバーでありながら、Kansasの聴者にとってある意味”異色”の存在であるのも否めません。
シングルとしては本作では失敗しましたが、アルバム全体の完成度は前2作以上に高く、A面3曲目にあたるKerryの作品(Steveとの共作表記もあります)、”Icarus – Borne on Wings of Steel“はリユニオン後に続編も作られるほどの好評を博した曲であり、その後のライブ盤等でも収録され、大きな盛り上がりを見せる一曲です。ヘヴィーな楽曲でありながらもKerryお得意の抒情的な詩と、手に汗握るようなダイナミックなメロディが楽しめるナンバーです。
忘れてはならないのは、グループのヴァイオリニスト、Robby Steinhardt(ロビー・スタインハート。vo,violin)の存在です。彼の奏でる、時には切なく、時にはスリリングに展開するヴァイオリンの音色はKansasの楽曲には重要な位置を示しており、Robbyのヴァイオリン抜きではKansasの音楽は語れません。このRobbyがSteveとの共作でA面4曲目に収録された”All the World“は美しい作品で、アルバム収録曲の中で最もゆったりとした楽曲でありながら、ヴァイオリンをはじめ随所に見せる繊細なプレイは見事です。
Robbyのヴァイオリンは続く収録曲でも大いにその効果を発揮させます。アナログ盤B面1曲目に収録されたKerry作の楽曲で、RobbyがSteveとヴォーカルを分け合ってとる”Child of Innocence(邦題:チャイルド・オブ・イノセンス)”はハード・ロックを基調としたナンバーですが、Robbyのヴァイオリンが加わることで曲全体に極度の緊張感を与えてリスナーには最後までしっかりと聞き込ませ、単純なハード・ロックに終わらない充実感が備わっています。続いて収録されたSteve作のポップな”It’s You(邦題:イッツ・ユー)”ではそのRobbyのヴァイオリンが一転して軽やかでさわやかに展開するという、ヴァイオリンの音色一つで魔法のように楽曲そのものを変幻自在に操る力をもっています。
そして、本作もいよいよクライマックスに入ります。B面3曲目の”Mysteries and Mayhem(邦題:神秘と混乱)”と最後を飾る大作、”The Pinnacle“は、Kansasの特徴をこの2品にギュッと凝縮したと言えます。この2曲を聴いただけでも、次作”Leftoverture(邦題:永遠の序曲)”が大ヒットを記録し、Kansasの黄金時代を現出することが当然であるかのようにわかります。それだけにKansasの魅力が大きく詰まった2品です。”Mysteries and Mayhem”はKerryとSteveの共作で、SteveとRobbyがヴォーカルを分け合っています。ヘヴィーでスリル満点のハードロックなのですが、4分半少々の楽曲の中には、小刻みにトリッキーなプレイが展開され、特に間奏部分にある、リズム・ギターも大いに強調され、まるでリード・ギターが同時に二つ聞こえるような完璧な展開はKansasの十八番テクニックで、その後のKansasの他の楽曲にもこのようなプレイは応用され、数多く聴くことができます。”Mysteries and Mayhem”はのちの数々のライブ盤でも収録されるほどで、おそらくは黄金時代を現出したきっかけとなったのがこの曲で、メンバーも非常に思い入れがあるのだと思います。個人的にもKansasの五本の指に入るほどの名曲であり、非常に気に入っております。
そして、”Mysteries and Mayhem”に続く、美しくもドラマティックにこのアルバムの最後を飾るKerry作”The Pinnacle”も同様に、Kansasの魅力が多大に味わえる作品です。この曲は”Mysteries and Mayhem”とは別個に存在していますが、内容的にはこの2曲は組曲的に構成され、所々に同じ節や詩を使いながら、キーボードやギター、ヴァイオリンが自由奔放に登場し、時にはクラシカルに、時にはヘヴィーに展開して非常に聴き応えのある壮大なスケールで本作品を締めくくっています。
Billboard200アルバム・チャートでこの”Masque”は1975年12月27日付で176位に初登場し、その後161位→151位→147位→129位→106位→95位→83位→73位→73位→72位→71位と順調にアップし、続く1976年3月20日付で最高位70位を記録し、その後は下降していきましたが、結果的には20週チャートインしました。前作”Song for America”は57位が最高位でしたのでヒット・ヴォリュームが落ちたかのように見えますが、チャートイン数は前作の15週に対して5週長くチャートインし、しかも年末年始を通してチャート・インしていたタイミングも奏功してより広く長く知られていくようになったことだと思います。結果的に前作同様、アメリカではゴールド・アルバムに認定されました。
この”Masque”を布石として、Kansasは1976年から1979年にかけてヒット・アルバムが次々と生まれる黄金期が訪れます。そして”Masque”まで苦労した分、作品のクォリティがさらに高まって、この全盛期では待望のシングル・ヒットもたくさん生まれることになります。
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