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19世紀後半のフランス文学
1870年代のフランスでは、小説家エミール=ゾラ(1840-1902)が著した全20作からなる叢書、『ルーゴン=マッカール(副題:第二帝政下の一家族の自然的社会的歴史)』が注目を集めていた(1871-93発刊)。中でも7作目に発表された『居酒屋(ラソモワール。1877)』では、パリに出てきた若き女性労働者ジェルヴェーズは貧困にも負けずに必死に働き成功を収めるも、やがて家族の不幸と破綻により酒におぼれ、絶望的にすべてを失っていく悲惨な現状が表現され、国内に大きな反響をもたらした。
『居酒屋』はゾラの出世作となった。『居酒屋』以降に見られるゾラの作風は、いっさいの美化が避けられ、自然体による事実・真実に基づき表現される、いわゆる自然主義文学(ナチュラリズム。ナチュラリスム)の典型であった。ゾラがでる以前においても写実主義(リアリズム。レアリスム)のように、現実をありのままに表現する風潮であったが、これをさらに超越して社会矛盾を追究し、悪い部分も容赦なく表現されるのがゾラの自然主義文学であった。写実主義・自然主義の風潮は、19世紀前半の流れである、個性的・感情的・非現実的であったロマン主義(ロマンティズム。ロマンティスム)への反動からおこったものであった。
また詩においてもロマン主義の反動があった。多情的なロマン主義とは異なる、あらゆる形象を客観的にとらえることを美学とし、感情を抑制して厳格な形式で表現する高踏主義(高踏派。パルナス)が生まれた。客観を強調するという意味では、ありのままに写る形象をそのままとらえる写実主義や自然主義と同じだが、これまでの自由な形式で表現されたロマン派の様式にかわり、形式の厳格化も重視する風潮となったフランス詩の世界では特に高踏派と呼ばれたのである。テオフィル=ゴーチエ(1811-72)、ルコント=ド=リール(1818-94)といったこの高踏派の登場はフランス文学を大きく揺るがし、自然主義文学とともに1870年代の中心を為した。そして高踏派の雑誌『現代高踏詩集(1866-76刊行)』にはステファヌ=マラルメ(1842-98)、ポール=ヴェルレーヌ(1844-96)、テオドール=バンヴィル(1823-91)らの寄稿で溢れていた。
一方、これらに並行しておこっていた芸術風潮に耽美主義(エステティシズム。エステティスム)があった。善悪の区別なく、"美"を最高の価値とする考え方であり、たとえ"悪"であっても美を否定することはないというものである。このため善悪を無視して美を追究する耽美主義派は、社会矛盾を追究し悪の部分も表現される自然主義派に反発した形であらわれた。また高踏派のゴーチエは生前、"芸術のための芸術(l'art
pour l'art)"という言葉を残したとされている。元々ロマン派からでた彼が、文学をさまざまな社会・感情・道徳・利害から避け、純粋な芸術としてこれを主張し、その価値を見出そうとしたのである(これを"芸術至上主義"と呼ぶことがある)。
そして、たとえ悪でも美を優先する耽美主義はやがて懐疑的・退廃的・破滅的な芸術へと進み、デカダンス(デカダン派)と呼ばれる精神が生まれた。アイルランド出身の詩人であり、戯曲『サロメ』の劇作家としても知られるオスカー=ワイルド(1854-1900)や、1957年に発表された詩集『悪の華』の作者として知られたシャルル=ボードレール(1821-67)らは耽美主義およびデカダン派の流れを持っていた。1860年代後半のフランス第二帝政(1852-70)におけるメキシコ政策の失敗、1870年7月から翌71年2月にかけて行われた普仏戦争(プロイセン-フランス戦争)でのフランスの敗北及び第二帝政の崩壊と、その後訪れる革新政府"パリ=コミューン(1871.3)"といった、重く暗い背景もこうした風潮・精神を形成する要因となった。
高踏派にいたマラルメ、あるいはヴェルレーヌはデカダン派寄りでもあった。またデカダン派のボードレールも生前『悪の華』で、高踏派のゴーチエを"完璧な文学の魔術師"と讃辞を呈した。写実主義派、自然主義派、高踏派、デカダン派はいずれも、かつてのロマン主義への反発、およびロマン主義からの変化という意味では通ずるものがあった。その中で、一般的には卑猥・退廃・反道徳的であると評されていたボードレールの『悪の華』を心底に愛する人たちもでて、写実主義、自然主義、そして高踏派からのさらなる発展、もしくはこれらへの反発精神が次第に生まれていった。その精神とはこれまでの客観・外面を強調するのではなく、主観・内面を強調するものであった。客観・外面はありのままの描写・表現で良かったが、主観・内面といった精神は"象徴"によって具象化された描写・表現でおこなわれる、いわゆる象徴主義(シンボリズム。サンボリスム)が生まれるのである。『悪の華』にその起源が見られることから、ボードレールは象徴主義の先駆と位置づけられ、高踏派にいたヴェルレーヌ、マラルメらはフランス象徴主義文学へと進んだ。この時点で、19世紀前半に流行したロマン主義は完全に少数派となってしまっていた。
こうした19世紀後半のフランス文学の思潮・動向は、美術・建築・音楽など、さまざまな芸術全体にも共通してみられた。19世紀が終わるにつれて、潮流が一定しないフランス芸術の不安定な時代風潮を、一種の厭世・幻想・退廃・病的・神秘・死などととらえ、世紀末(ファン=ド=シエクル)と呼ばれたのであった。
フランス文学の潮流を中心に、お送りしました。前々回までのスパルタクス団(Vol.188・189)同様、今回もやや抽象的な内容で難解だったかもしれません。かなりお堅い歴史で恐縮しますm(_ _)m。
ただ、受験世界史における19世紀の文化史の中でも、文学史は非常に重要で、こうした思潮の変化の学習も必要です。と、言っても出題内容はだいたい自然主義で止まってしまいまして、その後の象徴主義文学はほとんど出されません。私が大学受験生だった頃は、ボードレールや、著書『悪の華』などは一問一答でもメジャー級に登場していましたが、今となってはマイナー扱いです。
それでは、今回の受験世界史における学習ポイントを見てまいりましょう。19世紀の文化全般となると膨大なので、ここでは文学を中心に取り上げます(Vol.110でもポイントの欄で列挙していますが、今回はその詳細版です)。フランス以外の国々も登場しますのでチェックしておきましょう。
まず、本編に登場しなかった、ロマン主義になる以前の潮流も知っておきましょう。それは古典主義文学といい、17世紀のフランスに端を発しました。古代ギリシャや古代ローマの古典古代に生み出された文化を基盤とし、のちの西欧文化を形成したという見方から、古代ギリシャ文化・古代ローマ文化を模範として、調和された形式的な美と格調の高さを重要視しました。劇作においても古典劇が中心につくられます。
<フランス古典主義>・・・フランス絶対王政の絶頂期だった17世紀が黄金時代。ルイ14世(位1643-1715)の時代が中心。調和と均整。
古典主義文学は18世紀中期から19世紀初期にドイツでも流行します。そのドイツでは、1770年代(正確には1767-1785間とされる)におこった革新的ドイツ文学運動"シュトゥルム=ウント=ドラング(Strum und Drang。)"が興ります。日本では"疾風怒濤(しっぷうどとう)"と訳されます。隣国フランスでの大革命の影響下にドイツの思想界を支配していた機械的人間観と理性絶対の啓蒙主義に対して、決まりきった世俗的道徳や因襲への反発と、自然の尊重と人間性の自由な発展を求めて、感情の解放を叫んだ運動でした。この運動は短期間で衰退しますが、次の代表的作家が2人登場し、この疾風怒濤運動でドイツ古典主義文学の黄金時代が築かれました。この疾風怒濤運動は次のロマン主義の萌芽となったとも言えます。
<ドイツ古典主義>・・・疾風怒濤の推進により大成。
古典主義文学の反動として登場したのがロマン主義文学です。18世紀末から19世紀半ばにおこります。大規模な市民革命となったフランス革命(1789-1799)。革命を起こしたのは有産階級市民、いわゆるブルジョワジーらが中心であったが、彼らが支配する社会でも、名誉と利益にとらわれてばかりで、結果的には自由と平等の実現ができなかったことに理性に対する信頼は喪失し、これまでの古典主義や、理性絶対の啓蒙主義に対する反発がおこります。それは個性の尊重、形式の自由、非現実的な発想、感情の強調、中世にあった歴史や伝統の擁護・尊重といった内容で、1810年代に始まるウィーン体制時代に全盛期を迎えます。ウィーン体制もその後リベラリズム(自由主義)やナショナリズム(国民主義)の運動で動揺していくことからもロマン主義とつながりますね。ロマン主義がウィーン体制に花開いたことは受験世界史では注目しておく方がよいでしょう。
さてこのロマン主義文学、多くの著名作家がでてきます。下の表で確認しましょう。受験に登場する重要な項目は太字で表記していますが、特に作家名はすべて用語集に登場しますので、必要かと思います。難関私大を受験する方はせめて人名だけでも気合いで覚えておきましょう。生没年は当然ながら無視しても良いのですが、いつの時代に活躍したかの指針になると思います。出身国名、太字のない作品名、備考は問題文の中でキーワードとしてでるものもあります。
<ロマン主義文学>・・・ウィーン体制時代に全盛。
上記以外では、『愛の妖精』の女流作家ジョルジュ=サンド(仏。1804-76)、「スリーピー=ホロウの伝説」や「リップ=ヴァン=ウィンクル」を収める『スケッチブック』の作者ワシントン=アーヴィング(米。1783-1859)などもマイナーですが、難関私大に登場したことがあります。
ロマン主義の反動として登場する写実主義は客観性を重視して、現実をありのままに表現する作品です。以下の10名を覚えましょう。
<写実主義文学>・・・19世紀半ば。ただし7.~10.は次の自然主義作家としてカテゴライズされる場合もあります。
写実主義をさらに強調したのが自然主義です(19世紀後半)。客観性・科学性がより強調されたため、美化することなく社会矛盾や人間の悪い部分もより強く表現された、実証主義的な内容です。本編にも登場した『居酒屋』はまさに"自然主義"と思えるような作品です。1870年代のフランスでは、フランス敗北・帝政崩壊・反独精神・労働者高揚といった状況からくる国民主義や社会主義思想が入り込みます。以下3名が重要ですが覚えるのはうち2人で充分でしょう。国が違うので大きなキーワードにもなると思います。
<自然主義文学>・・・19世紀後半。
そして、本編に登場した高踏派、デカダン派、耽美主義、象徴主義ですが、これらは非常にマイナーで、高踏派・デカダン派は入試に出題されたのを見たことがありません。耽美主義および象徴主義は用語集には登場していますが、出題されるケースは稀でしょう。本編最後に登場した"世紀末"も一応、記載されている用語集はあります。ボードレール(著書『悪の華』)、マラルメ、ヴェルレーヌ、ワイルド、そして今回登場しなかったフランスの天才詩人●●●●も有名どころで、用語集にも記載されていますが、あまり入試で答えさせるところまでは至っておりません。その中の●●●●は次回にスポットをあててご紹介します。学習ポイントでは、文学部門以外で非常に大事な、19世紀の美術を出来る限りご紹介します。お楽しみに!!