2月9日は何に陽(ひ)が当たったか?

1974年2月9日は、アメリカのロック・グループ、Styx(スティクス)の3枚目のスタジオ・アルバム、”The Serpent Is Rising(邦題:「サーペント・イズ・ライジング」。または「サーペント・イズ・ライジング/スティクスⅢ」)”がBillboard200アルバムチャートで192位に初登場した日です。ただ翌週付では200位と後退し、2週間のチャートインでアクションは終わりますが、Styxにとって、念願の200位内の初チャートイン・アルバムとなりました。
このアルバムは1980年にも”Serpent“と改題してリリースされています。
BillboardのHOT100シングルチャートおよびBillboard200アルバムチャートには、Bubbling Underチャートと呼ばれる、チャート圏外のエントリー予備軍の順位を記録したアクティブ・ゾーンがありますが、1973年10月にリリースされたStyxの”The Serpent Is Rising”は、年が明けた1974年1月26日に初めてBubbling Underチャートにおいて209位に初登場し、次週2月2日付も209位にランクされ、そこから陽の当たった2月9日付での初登場192位と、初200位内に躍り出たのです。結果的にはこれが最高位となってしまうのですが、チャートにおいてのStyxの出発点として、本日はこの”The Serpent Is Rising”を紹介したいと思います。
70年代後半以降の、いわゆる黄金時代のStyxしか知らないリスナーにとっては、本作を聴いて、全く別のバンドの音楽のように感じると思いますが、往年のプログレッシブ・ロックやハード・ロックのリスナーにとっては、非常に関心の高いアルバムとも言えます。Styxが「プログレッシブ・ロック・グループ」と呼ばれる理由の1つに、本作も大きく関わっています。それは、Styxとしては他のアルバムには見られない、プログレ特有の機材、メロトロンを多用しているという点です。1970年代では、King Crimson、Genesis、Moody Blues、Yesといったイギリスのプログレッシブ・ロック・グループのメロトロン使用がよく知られています。メロトロンの多用で単純だったロックナンバーが非常に奥深いサウンドになり、ある曲は幻想的かつ神秘的になり、ある曲はダークでヘビーになるなど、バラエティに富んだ作品集に仕上がっていきます。
Styxはこれまで1972年のデビュー作”Styx(邦題:「スティクスⅠ」または「スタイクス」)”、そして1973年7月リリースの第2作”Styx II(邦題:「スティクスⅡ」,「黄泉の国より」,「レディ/スティクス・セカンド」)”といったプログレッシブなロック・アルバムをリリースしておりました。1973年当時ではデビュー作”Styx”がBillboard200のBubbling Underチャートでの207位が最高位であり、”Styx II”は1975年に収録シングル”Lady(邦題:憧れのレディ)”の再発ヒットでアルバムチャート最高位20位の大ヒットを記録するものの、初回リリース当時ではまだリスナーに認知されていない段階であり、チャートにも登場しませんでした。それまでの唯一の輝きはデビュー作からリリースされたシングル、”The Best Thing(邦題:ベスト・シング)”がHOT100シングルチャートで1972年10月14日から記録した2週連続82位のみで、アルバムチャートの200位内チャート・インはまだ未達でありました。
“Styx II”の初回リリースの滑り出しはうまくいかなかった為か、”Styx II”のリリースからわずか3ヶ月後の10月に本作”The Serpent Is Rising”をリリースすることになるのですが、当時メンバーだったDennis DeYoung(デニス・デヤング。vo,key,accordion)は、本作のレコーディング、プロデュースともに上手くいかなかったと述懐していたようです。事実、レコーディングスタジオとして使用したシカゴのParagon Recording Studiosは1974年の次作”Man of Miracles(邦題:「ミラクルズ」または「ミラクルズ/スティクスⅣ」)”では使用されませんでした。
当時のメンバーはDennisの他、John Panozzo(ジョン・パノッツォ。drums)、Chuck Panozzo(チャック・パノッツォ。Bass)、John [JC] Curulewski(ジョン・クルルウスキー。gtr,key,vo)、James [JY] Young(ジェームズ・ヤング。gtr,key,vo)の5人。Styx初のセルフ・プロデュースで、Foodという60年代サイケデリック・バンドのドラマーをつとめたBarry Mraz(バリー・ムラッツ)が協同プロデュースおよびエンジニアリングをつとめました。Styxの産みの親であるBill Traut(ビル・トラウト。1929-2014。Styxが当時在籍していたレーベル、Wooden Nickelの創業者の一人)はエグゼクティブ・プロデューサーとしてクレジットされました。
収録されたオリジナル・ナンバーのソングライティングは大半がDennis、JY、JCの3人が名を連ねました。他にはJYのブレーンでは弟(兄?)であるRick Young(Richard Young表記もあり)やRickの仕事仲間で地元シカゴでバンド活動をしていたRay Brandle、またDennisのブレーンではDennisの親友であり、妻Suzanneの姉Pamelaの夫Charles Lofrano(1949-2010)、そしてJCのブレーンでは生物音響学者の肩書きを持つシンセサイザー奏者のBernie Krauseや、Bernieと”Beaver & Krause”を組んでおりました相棒である同じくシンセサイザー奏者、Paul Beaverもクレジットされました。
ジャケット・デザインはデザイナーのDennis Pohlによるもので、アルバムタイトルにふさわしく、砂漠地帯をバックにリアルに描かれたヘビをメインに持ってきています。個人的には左上に大きな帆船が描かれているのも印象的です。ちなみに1980年の再発盤”Serpent”ではジャケットがTim Clarkのデザインに差し替えられ、 より簡易的なイラストになり、ヘビも可愛くなっています。
では、”Serpent Is Rising”の収録曲を見て参りたいと思います。以下の10曲(厳密には11曲。後述)になります。
アナログ盤・A面

  1. Witch Wolf(邦題:ウィッチ・ウルフ)”・・・JY,Ray Brandle作
  2. The Grove of Eglantine(邦題:ザ・グローヴ・オブ・エグランタイン)”・・・Dennis作
  3. Young Man(邦題:ヤング・マン)”・・・JY,Rick Young作
  4. As Bad as This(邦題:アズ・バッド・アズ・ジス)”・・・JC作

アナログ盤・B面

  1. Winner Take All(邦題:ウィナー・テイク・オール)”・・・Dennis,Charles Lofrano作
  2. 22 Years(邦題:22イヤーズ)”・・・JC作
  3. Jonas Psalter(邦題:ヨーナス・ソルター)”・・・Dennis作
  4. The Serpent Is Rising(邦題:サーペント・イズ・ライジング)”・・・JC,C.Lofrano作
  5. Krakatoa(邦題:クラカトア[クラカタウ])”・・・JC,Paul Beaver,Bernie Krause作
  6. Hallelujah Chorus(邦題:ハレルヤ・コーラス)”・・・from George Frideric Handel‘s “Messiah

本作はJCの作品が4曲収録され、リード・ヴォーカルとしても3曲と、Styxすべてのアルバムの中で最もJCの目立ったアルバムとなりました。また前作”Styx II”ではバッハの( Johann Sebastian Bach)”Little Fugue in G”をDennisがパイプ・オルガンで奏でたりしていましたが、本作品でもヘンデルを取り上げたりと、プログレならではのクラシック・ロックも聴かせてくれます。
収録曲の全てではありませんが、このアルバムには数曲ばかりトータル性があるようで、Styx初のコンセプト・アルバムとされています。ただしトータル性は何も言われなければその度合いは非常に低いもので、一聴ではなかなか気付きません。”sexual innuendo(性を連想させる言い回し)”が A-2の”The Grove of Eglantine”、B-4の”The Serpent Is Rising”、そしてB-5の”Krakatoa”などにそのテーマが謳われているようです。アルバムタイトルの”Serpent”も表向きは”ヘビ”ですが、神話の世界ではイヴを唆して禁断の実を食べさせるように仕向けたのが”Serpent(ヘビ)”であり、ずるい陰険な人という意味があることから、Dennis Pohlの描いたジャケットのコブラはそのシンボルとして映っていると言えます。実は本作のコンセプトの原案は、タイトルトラックであるB-4やB-1の作者としてクレジットされたCharles Lofranoが担当したと言われています。
A-1の”Witch Wolf“はJYがリード・ヴォーカルをとるロック・ナンバーで、ギター・リフや最後の雄叫びがメタル風で、どこかUriah Heep(イギリスのプログレッシブ・ハード・ロック・グループ)らしさも感じさせるダークでヘビーな作品です。
A-2はチェンバロ風のシンセやメロトロンの響きが素晴らしい、ドラマティックな”The Grove of Eglantine“の登場です。個人的には本作中最も気に入っている楽曲で、Styx流プログレッシブ・ロックを見事に展開しています。リード・ヴォーカルはDennisです。
A-3の”Young Man“はJYが1988年のソロ作”Out on a Day Pass”でもセルフリメイクしたナンバーで、Black SabbathやDeep Purple(どちらもイギリスの代表的なハード・ロック/ヘビー・メタル・グループ)を彷彿とさせるダークなロック・ナンバーです。JYが歌うので余計にヘビーさが増し、Styxの他のアルバムでは決して収録されないようなメタル風ナンバーに仕上がっていますが、シンセサイザーを技巧的に奏でており、早弾きやChuckが奏でるベース・ソロとの合わせ技があったりと、聴き所満載です。実はこのナンバーはセカンド・シングルとして1974年春にカットされ、のち”Man of Miracles”の再発時に収録された当時未発表ナンバーの”Unfinished Song”とカップリングしてリリースされましたが、チャートインには至りませんでした。
A-4の”As Bad as This“はJCがリード・ヴォーカルをとるスローテンポのブルージーなロック・ナンバーです。静かな展開で進んでいく中でメロトロンの響きを聴くことができるのが印象的です。6分の長尺ナンバーですが、後半の2分半は隠しトラック”Plexiglas Toilet(邦題:プレキシグラス・トイレット)”があり、厳密には11曲の収録たる謂われです。”Plexiglas Toilet”はHarry Belafonte(ハリー・ベラフォンテ)の名曲”Banana Boat Song(邦題:バナナ・ボート)”を彷彿とさせる可愛いナンバーです。”As Bad as This”で渋く歌っていたJCが、ここではコミカルに歌っています。
JYがリード・ヴォーカルをとるB-1の”Winner Take All“は、A-1とともにその後のWooden Nickel在籍時のベスト盤に必ず収録されたナンバーです。”Styx II”からのシングル”You Need Love(邦題:ユー・ニード・ラヴ)”のカップリングとしても収録されました(ちなみに”You Need Love”は1974年の再発ヒットでは”Styx II”収録の”You Better Ask”とカップリング)。本作品では暗めの収録曲が多い中での、非常に明るくポップなロック・ソングです。高音パートも絶品です。
B-2の”22 Years“は、のちに”Man of Miracles”にも収録される”Lies(邦題:ライズ)”とカップリングして、ファースト・シングルとしてリリースされた作品です。JCの作品ですが、DennisとJYがヴォーカルを掛け合いで歌い、またシングルで勝負を懸けたい想いもあったのか、Bill Trautがこの曲でサックスを披露しています。しかし残念ながらこの曲もチャートインしませんでした。”Winner Take All”同様にシングル向きの楽曲であり、ポップな作品です。
B-3の”Jonas Psalter“はある船長の物語を歌ったロック・ソングです。タイトルにあるジョナス・ソルター船長が、夢の実現のために略奪や殺戮を繰り返し、財宝を手に取り、その後ベッドで頭を撃たれるという最期を遂げるというストーリーを、JYが歌い上げています。本編では非常に軽快に進むロック・ナンバーですが、エンディングにはメロトロンを橋渡しに、Greensleeves(イギリス民謡)らしき旋律を使用することで船長の壮絶な死を劇的に表現しています。Dennisのアコーディオンが印象的です。なお、A-4同様、この時代のStyxはエンディングに別の曲を挿入させる手法をよく採り入れており、”Styx”収録の”Quick Is the Beat of My Heart”、”Styx II”の”You Better Ask”などが挙げられ、本編とは違った流れで終わることで、それまでの流れとは異なった余韻が残ります。
B-4のタイトル曲”The Serpent Is Rising“はJCが歌う、これもまたダークでヘビーなロック・ナンバーで、サビのコーラスでは70年代のヘビー・メタルを彷彿とさせ、後半にはKing Crimsonの”21 Century Schizoid Man”のような、JCのヴォーカルを歪ませる音響効果を使い、よりヘビーに表現しています。”sexual innuendo”をテーマにしているため、露骨な表現ではないにせよ、歌詞が非常に難解です。ただし、個人的な見解で実際の歌詞内容には全くつながりはないと思いますが、前に述べたサーペントが神の創造したイヴを誘惑して禁断の知恵の実を食べさせ、夫アダムと共にエデンの楽園から追放の原罪を受けると言ったシチュエーションを想像しそうな、不思議な感覚がよぎります。
B-5の”Krakatoa“は1分半の小品で、エコーがかかったJCの声が異彩を放っています。JCの歌声はコーラスになると美しい高音に、リード・ヴォーカルになるとややダミ声っぽくなる、変幻自在の声の持ち主です。タイトルはインドネシアの有名な火山島のことを指すと思われますが、この曲も歌詞が難解で、アルバム・コンセプト(“sexual innuendo”)として隠喩的に使われていると思います。ただしストレートに考えると、天地創造を歌ったものとしてとらえると、次に続くB-6のヘンデルの名曲”Hallelujah Chorus“における”For the Lord God Omnipotent Reineth(訳:全能の神が王位に就いた)”もすっきりと入ってきます。Styxのメンバーによる大合唱ですが、コーラスに定評のあるStyxの真骨頂ともいうべき作品です。
Styxの初チャートインしたアルバムとして、またJCが主導した唯一のアルバムとして、またStyxが残した中で最もブリティッシュ・プログレッシブ・ロックの作風が練られたアルバムとして、”The Serpent Is Rising”はStyxが残した数あるアルバムの中でも異なる輝きを見せたアルバムとなりました。チャート上では失敗しましたが、その後も幾度か再発されたり、ベスト盤にも組み込まれたりなどして認知されていき、現在においても、このアルバムリリース後の1975年にメンバーに加わるTommy Shaw(トミー・ショウ。gtr,vo)が、Chuck Pannozoや現メンバーのLawrence Gowan(ローレンス・ゴウワン。vo,key)といっしょに”Plexiglas Toilet“を楽しく合唱する動画が公開されるなど(その動画はこちらYouTubeより)、その輝きは色褪せてはおりません。

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